REAPERver0.999とDTM

カテゴリを作りたいけど記事を書かないと追加できないらしいので書く。

 

 

REAPERは便利なDAWだ。

 

と、他のDAWを使ったことのない僕が言ったら笑われるかもしれない。

 

PC上では無料で音楽制作ができると聞いて、どんなことができるのか、どこまで質の高いものが作れるのかと興味を持ち、REAPERの無料版であるver0.999と、その他もろもろのフリープログラムをダウンロードして試行錯誤している人は僕だけではない。今この瞬間も、世界中でたくさんの人がREAPER0.999を通してたくさんのツマミやパラメータとにらめっこしているだろう。

 

そんな人たちにとってこのDAWは無限の可能性を提示してくれている。

 

無料で音楽を楽しむのは簡単なことではない。

 

バンドを組んで曲を演奏したいなら楽器を買う必要がある。ギターを続けるには弦を買い続ける必要があり、良い状態に保つには毎年調整に出さなければならない。楽器だけではない。バンドの演奏を観客に届けるにはPAの設備が必要になる。ひとつのバンドがライブでパフォーマンスするにはどれくらいのお金をかけないといけないか考えてみると、たとえそれが高校の学園祭レベルであっても、彼らのひと月分の小遣いで足りるようなものではないことは想像に難くない。それでも彼らは、自分の青春を懸けて音楽と向き合う。懸けるだけの価値のあるものがそこにはある。

 

バイオリンなぞ始めようものならなおのこと簡単ではない。オーケストラの奏者は1,2年放課後に練習すればなれるようなものではない。幼いころから楽器を習い続け、ソルフェージュやら和声学やら音楽史やらを専門の大学で勉強し、それでもプロの音楽家になれるのは一握りという世界である。一人の人間が生まれてからプロになるまで音楽にかけたお金というのは、もはや僕には怖くて想像したくなくなる領域の話になる。彼らは自分の人生を懸けて音楽に向き合う。やはりそこにも計り知れない大きさの意義が存在する。

 

 

しかし、DTMの世界は違う。

 

無料のDAWプラグイン、ネット上にあるフリーの音源を使って、誰でも簡単に、音楽を楽しむことができる。無料でダウンロードしてきたものたちで、プロのそれと同じ土俵に立つことができる。

 

いやまあ、プロが金かけて使ってるDAWプラグインの方が良い音するんだから勝てっこないだろと言われたら、はいその通りですと頭を引っ込めるしかないのだが。言いたいのはそういうことではなく、ギターもバイオリンも買わず、20年学ぶ必要もないのにプロと同じやり方で音楽を作れるのは、すごいことでしょってくらいの意味ね。

 

パソコンとネット環境に金はかかってるだろというのも、同じようにナンセンスで、自分が音楽以外の用途で日常使ってるもので音楽できるのが、すごいでしょって。これはまあ、楽器がなくても声を使えばいいじゃないっていう思考回路と一緒で、歌は人の歴史の中で長い間、音楽にお金をかけない一般の人が音楽を楽しむための重要なツールであり続けたんだけど、今やDTMはそれと同じような地位になりつつあるって、これはほんとにすごいことだと思うわけ。アメリカで農作業させられてた黒人が悲しみを歌ってブルースを作ったように、会社で疲れたサラリーマンがパソコンを使ってうっぷんをぶちまける音楽を作っちゃってるわけ。

 

 

ちょい閑話休題

 

 

デジタルな世界で行われるDTMでは、素人でもものすごいものを作りだせる可能性が存在する。と思う。

 

例えば今日初めてバイオリンを触ったという人がチャイコフスキーのバイオリンコンチェルトを弾けるということは、まず起こらない。アナログな世界で楽器を弾きこなすというのは、さまざまな要素がリアルタイムで複雑に絡んでくる。ただ音を出しているだけに見えて、本人の頭の中では色々なことに同時に気を遣っているのである。これは時間の勝負なのである。すべてを適切に処理して思うままに音を出すのは、鍋の火加減を見ながら野菜を切り、ごみ出しと家の掃除と洗濯物を正午の来客の時間までに済ませる、そんな仕事を赤ん坊をあやしながらこなすようなものかもしれない。僕は一人暮らしをして初めて、それらのうちどれか二つでも同時に進行するのがどんなに難しいか思い知った。ゴミは家にたまりっぱなし、食器も洗濯物もたまりっぱなし、ついでにホコリもたまりっぱなし。石鹸やトイレットペーパーはいつの間にか無くなってるし。家に帰ってから自分で食べるものを作って明日着るものを用意してetcetc...ほんと、お母さんってすごいよね。

 

 

まずいまずい。閑話休題その2。

 

 

デジタルな世界では、今日初めて触りましたって人がすごい音を作りだせる可能性がある。

 

画面に並んでるたくさんのツマミの意味は分からなくとも、いじってたら偶然いい設定になってかっこいい音が出てくる可能性は、楽器がうまく弾ける可能性よりずっとずーっと高い。アナログとデジタルの壁というのがそこにあって、パソコン上の離散的な世界で音楽を作るのは、現実世界でやるよりずっと敷居が低い。偶然いい音ができて、偶然いい感じに重なって、偶然かっこいい曲を作ることができる。

 

素人の方がむしろ可能性が高い、とも言えなくはないこともある。シンセサイザーで出す音は、今や誰も聞いたことがない、誰も作ったことがない音色を出すことにかけて力が注がれている。そういう分野なら、長年の経験で培われた感覚よりもむしろ初心者の突拍子もない発想の方が重要たりうるかもしれないといったら、さすがに言い過ぎかもしれないが、とにかく型にとらわれない発想というのが評価される世界である。

 

そう、発想力、まさに発想力こそフリーDTMerが輝ける要素である。

 

先ほどからさんざん対比して飽きている頃かとも思うが、クラシック音楽なら、普通と違った弾き方は極端に拒否され、やれドイツの弾き方はこうだ、古典音楽なんだからこう弾けと型にはめられ、伝統に則った演奏を聴いてあぁこれこそ素晴らしい真の音楽だなどといって通ぶるのがそれらしい姿と言える。古典として完成しているものなのでそれが当然の姿勢とも言える。そこに斬新な発想力が評価される余地は少なく、古典音楽を型として突き詰めた上でのほんの上澄みにせいぜいオリジナリティのようなものが加わってやっと価値が生まれるという程度である。

 

対していま、世界中でパソコンの上で作られている音楽は、誰もが皆、いまだかつて無かった音、いまだかつて無かった響きを求め、ツマミをいじったり、音を組み合わせたりしている。予想外のものを作るために自分の声や、車の音や、日常の生活音、果てはインターネットで流行っている動画の一部分までサンプリングして曲に使っている。DTMを楽しむための大切な考え方がここにある。お金をかけて得る質の良さや、長年の経験から作られる格調高さでは及ばずとも、斬新で柔軟な発想や、素人らしい、低俗っぽい遊び心を以て、自分だけの音楽を作ってみる。REAPER0.999はそんな機会を皆に与えてくれている。